『どの菌がよいか』の前に考えたいこと——植物から見た土壌微生物の世界
菌資材の名前に迷う前に、植物・細菌・菌類・有機物がつくる土壌生態系を整理。菌根菌、根圏、窒素固定、施肥との関係を果樹栽培者向けに解説します。
『納豆菌、乳酸菌、放線菌、菌根菌のうち、結局どれを畑へ入れればよいのか』。果樹を育てていると、さまざまな微生物資材の説明に出会います。動画では、読谷村でバナナやマンゴーを栽培し、微生物技術にも取り組む合同会社アクトの藤原澄久さんと、特定の菌名ではなく、植物の側から土の中の関係を見直しました。
『菌』は一種類の生き物ではない
日常語の『菌』には、細菌、真菌(菌類)、放線菌など、生物学的に異なる集団がまとめて含まれます。乳酸菌も単一種の名前ではなく、乳酸を主な代謝産物として作る複数の細菌を指す言葉です。放線菌は細菌の仲間ですが、糸状に伸びるものがあり、見た目だけでは菌類と混同しやすくなります。資材を比較するときは、商品名や通称だけでなく、菌株、期待する機能、対象作物、試験条件を見る必要があります。
根は微生物へ炭素を渡している
植物は光合成で固定した炭素の一部を、糖、有機酸、アミノ酸などの根分泌物として根の周囲へ出します。根圏では、これらが微生物の餌やシグナルになり、微生物群集の組み立てにも関わります。動画が強調するのは、微生物が一方的に植物を助けるのではなく、植物も炭素を渡して関係を維持していることです。
落葉、剪定枝、草生などの有機物も土壌生物の資源になります。ただし、有機物なら何でも同じではありません。炭素と窒素の比、木質化の程度、水分、温度、酸素条件によって、分解速度と関与する生物は変わります。沖縄の高温多湿な園地では、過湿による酸素不足や急速な分解も考慮します。
菌根菌は根の外へ吸収範囲を広げる
アーバスキュラー菌根菌は多くの作物の根へ共生し、菌糸を土中へ伸ばして、とくに移動しにくいリンなどの吸収を助けます。植物は見返りとして光合成産物を渡します。この関係は『菌を入れれば必ず増収する』という一方向の仕組みではありません。土壌にもともといる菌、作物、品種、リン供給量、pH、温度などで結果が変わります。
動画では、肥料で養分が十分に与えられた植物が共生への炭素配分を減らす可能性を、投資と見返りにたとえて説明しています。実際、トウモロコシやモデル植物の試験では、高いリン供給で根への菌根形成が低下した例があります。一方、圃場や作物によって反応が弱い研究もあります。したがって『化学肥料を使うと菌根菌が消える』と一律に断定せず、土壌分析と根の観察を組み合わせます。
窒素固定にもエネルギーが必要
大気の約8割を占める窒素分子は安定しており、植物がそのまま利用することはできません。窒素固定微生物はニトロゲナーゼという酵素系を使って利用可能な形へ変えますが、この反応には多くのエネルギーが必要です。マメ科と根粒菌の共生では、植物が光合成由来の炭素を供給します。土壌中には非共生的に窒素固定へ関与する微生物もいますが、存在するだけで果樹の窒素要求量をすべて満たせるわけではありません。
微生物資材は『菌』と『代謝物』を分けて考える
動画では、資材に生きた微生物を入れて畑で増殖・定着させる考え方と、培養時に作られた代謝物を利用する考え方を区別しています。散布後すぐ効果が見えた場合、菌が園地全体へ定着したのではなく、製品中の成分が働いた可能性もあります。表示された菌株、生菌数、保存条件、使用期限、餌となる基質、対照区を確認し、小面積で比較することが重要です。
果樹園で先に記録したい項目
新しい菌資材を試す前に、土壌pH、EC、可給態リン、排水、土壌のにおい、根の色、新根量、草生、有機物投入、施肥量を記録します。そのうえで処理区と無処理区を設け、枝伸長、葉色、花数、着果、収量、果重、糖度、病害を複数年比較します。多年生果樹では前年の着果負担や剪定も効くため、一作だけで微生物の効果と決めないことが大切です。
微生物資材の価値を否定するのではなく、『有名な菌だから』ではなく『自園のどの問題を、どの仕組みで改善したいのか』から選ぶ。それが、動画で語られた“菌に迷わない”ための中心的な考え方です。
参照した資料
・YouTube『【農業 × 微生物】もう菌に迷わない!植物から見た土の世界!』(2026年9月16日公開・日本語自動字幕を映像内容と照合) ・USDA NRCS Soil Biology資料 ・高リン供給とアーバスキュラー菌根形成の圃場研究 ・高リン条件が菌根共生を抑える機構の研究 ・根粒菌の共生能力とダイズ根圏微生物群集の研究
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